生成AIの法人導入、と聞くと、契約手続きが大変そうに思えるかもしれません。実際にやってみて分かりましたが、契約そのものは1時間で終わる呆気ない作業です。
大変だったのはその手前です。入れるかどうかを決めるまで。
そして、入れると決めてから「どう使わせるか」を設計するまで。
今回はこの2つの話をします。派手さはゼロですが、中小企業のAI導入の本体はここだと思っています。
(前回記事「建設業で生成AIは使えるのか?─老舗設備会社のチャレンジ─」の続きです)
葛藤①「無償版で十分じゃないか」
実は当社、法人契約の前から社員はClaudeの無償版を使える状態にしていました。
職種別のプロンプト集も作って配った。つまり「タダで使える環境」は既にあったわけです。
では定着したかというと、しませんでした。

理由ははっきりしています。無償版はすぐ回数制限に当たる。
回答の質も法人版の最上位モデルには届かない。
何より、仕事の中身であるPDFの見積書や図面を添付できない(学習に使われる可能性がある以上、入れられない)。つまり「試せる」けれど「仕事を任せる」には届かない。
中途半端に触った社員ほど「こんなもんか」と離れていきました。
無償で配って様子を見る、はタダで賢い判断に見えて、実は「AIは大したことない」という体験を全社に配ってしまう。これが一つ目の学びでした。
葛藤②「16人全員に必要なのか」
有償化を決めても、次の問いが来ます。全員分か、一部だけか。
1席あたり月25ドル。16席で月およそ7万円台、年に直せば90万円近い。
事務と積算のよく使う数人だけなら、月2万円で済みます。正直、かなり迷いました。
それでも全員分にしたのは、一部配布は「使わない言い訳」を配ることになるからです。
「自分は対象じゃないので」—この一言が生まれた瞬間、現場への展開は終わります。
使うかどうかを会社が先に選別するのではなく、全員に同じ道具を渡して、使われ方を見てから席を見直す。
その代わり、条件を付けました。あえて割高な月払いにして、
「9月末に利用状況を確認する。使われていない席は一旦止める(必要なら復活できる)」
と社内に宣言する。全員配布と引き換えに期限だけは切る。これが落とし所でした。
葛藤③「管理しないと使われない。管理すると嫌われる」
導入企業の失敗談を調べると、両極端に割れます。
放置して自然消滅するパターンと、
利用率をKPIにして詰めた結果、全員が「やらされ仕事」の顔になるパターン。
うちは16人で、デジタルに疎いメンバーも多い。管理を強めたら確実に後者になります。
だから推進会議もKPI管理もやらないと決めました。
代わりに置いたのは小さな仕掛けだけです。
全員が自分の業務をひとつだけAIに預けてみる「1人1業務」。
週1回、社内LINEに便利技を1つだけ流す配信。
それと、覚えられるルールを2つだけ
「顧客の個人情報・他社の機密は入れない」「AIの答えは必ず人が確認してから使う」。
分厚いガイドラインは作りませんでした。
16人の会社で機能するルールは、全員が暗唱できるルールだけです。
葛藤④「誰が設計するのか」
そして一番現実的な問題。この設計、誰がやるのか。
情シスはいない。導入コンサルを雇う予算もない。担当は私一人です。
ここで開き直りました。設計の相談相手を、生成AIにしたのです。

やり方は単純です。最初に前提を全部渡す—社員16名、設備工事業、デジタルに疎い社員が多い、予算はこれくらい、現場はスマホが基本。あとは私が「ここまでやった」と報告し、AIが「次はこれ」と段取りを返す。この往復を導入日まで延々と続けました。
計画は何度もひっくり返っています。当初は90分の全社説明会を企画していて、アジェンダもデモ台本も作り込んでいました。それがAIと運用を詰めるうちに「うちには合わない」となって直前で廃止。一人ずつ席を回って教える計画も、途中で捨てました。作った計画をAIにぶつけて、「この会社の実情なら、どこから破綻するか」を指摘させて、直す。その繰り返しです。
外部に払ったお金はゼロ。かかったのは私の時間と、AIの利用料だけ。AIの導入を、AIと設計する。変な話に聞こえるかもしれませんが、詳しい人のいない会社にとって、これが一番現実的な道でした。
導入日の朝までに決まっていたこと

こうして、契約ボタンを押す朝までに以下が固まっていました。
- 全16席・月払い(9月末に利用状況で見直し、を社内に宣言済み)
- ルールは2つだけ。大げさなガイドラインは作らない
- 入口は「1人1業務」。号令ではなく、自分の仕事ひとつから
- 推進会議・KPIなし。週1のLINE配信だけ
- 教材は揃えるが、社員に案内するリンクは1本に絞る
契約作業そのものは、この設計の答え合わせにすぎません。だから1時間で終わったのです。
Q&A
Q. 無償版から始めるのは間違い?
試すには十分です。ただ「無償版の体験」で導入判断をすると、AIの実力を過小評価したまま終わる危険があります。当社はそれで一度遠回りしました。
Q. 詳しい人がいないと設計できないのでは?
当社にもいませんでした。前提を渡して壁打ちすれば、設計はAIと一緒に作れます。
AIの導入自体を、AIに相談できる時代です。
Q. で、結局使われているの?
それをこれから数字で確かめます。9月末の席の見直し結果は、この連載で正直に公開するつもりです。
導入の過程を、うまくいったことも、ひっくり返した計画も、そのまま書いていく連載です。次回は「90分の全社説明会を、直前にやめた話」。
(袋井設備株式会社 経営企画室)

